アルテュール・ブラント 著、安原和見 翻訳
筑摩書房 2023
第二次世界大戦中、ヒトラーの官邸前には高さ3メートル超え、重さは1トンの馬2体のブロンズ像が設置されていた。ヒトラーの執務室の窓から、その逞しくて美しい馬の姿が見えていたらしい。戦局が変化しナチスは追い詰められ、その官邸は破壊されたため馬の像も破壊されたと思われていた。
しかし長い時間の中で、その馬の目撃情報が現れては消えた。そんな重くて大きな像は、簡単に運んだり隠すのは難しく、それは正確な情報ではないとほとんどの人が信じていた。
そして、戦後70年近くが経ているにも関わらず、その馬が闇のマーケットで売られるという情報を手に入れた美術調査員のアルテュール・ブラント。その情報は真実か。そして真実であれば、売り買いの対象ではなく、国が所有するべき対象であり、闇のマーケットから引きずり出さなければならない。アルテュール・ブラントはオランダ人で、過去にも闇マーケットで売買された美術作品を取り戻すことに何度も関わってきた「美術界のインディー・ジョーンズ」と言われている。美術探偵、という表現が似合う仕事だ。
読み進めていると「これって、小説?」と何度も思い返すほど、謎は次々と現れ、怪しげな人物や歴史的な闇が見え隠れしてくる。ノンフィクションを読んでいるというより、スパイ小説でも読んでいる気分に襲われる。旧ドイツの秘密警察や、ナチスの残党、旧ソ連KGB、怪しげな売り手を持つ美術商、ヒムラーの娘まで登場してくる。オランダのアムステルダムから、イタリア、ドイツの各地、ブリュッセルと交渉や調査の舞台は飛行機や車であちこち動いていく。本当に馬があるのか、贋作じゃないのかと、アルテュール・ブラントと共にドキドキ、ハラハラの旅を続けていく。
そして2015年に見つかったヒトラーの馬。
私はその時のニュースも知らなかったし、そもそも官邸に、そんな大きい馬の彫像があったことさえ知らなかった。ヒトラーが美術好きだったことは有名だが、お抱えの芸術家が何人もいたことも知らなかった。そんな知識がない私でも、この本はしっかり楽しめた。
漫画の『ギャラリー・フェイク』や『MASTER キートン』などが好きな人にもお勧めです。
2024.8.31(M)