だいたい吉祥寺に住まう

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2024.05.20 更新

本売る日々

青山文平 著
文藝春秋 2023

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江戸時代を舞台としたこの単行本の中には、3つの物語がある。主人公はすべて、松月平助という本屋を営む30代の男性である。本屋といえば町中に店を構えて、そこに本を買い求める客が集まる場所を思い浮かべるかもしれないが、この時代の本はかなり高価なものだ。経済的にゆとりがありかつ知的なことに興味のある人間が手に入れるものが本だった。松月平助は、屋号を松月堂として、店を構えるだけではなく、本を背負って行商していた。誰彼に売るのではなく、村の名主のような人々に足を運んでいた。

物語の進行にちょっと触れるだけで、現代の便利さと作品中の時代に大きな隔たりがあるのを感じる。現代の都市にはとてつもない品揃えの本屋があるし、本屋に行くのが面倒ならネットで注文してしまえば良い、電子書籍ですぐに読むということもできる。そんな今の時代との違いを意識しつつ、本が簡単に印刷ができないこともあるせいで高価であり、非常に大切に扱われている時代の、知識や教養に対する真剣さのようなものをちょっと羨ましく思いながら、ページをめくっていく。
松月堂は、ひとりで営んでいる本屋である。そして、行商するときには、どの人がどんな本を望んでいるだろうかを理解しつつ、定期的に名主の元に足を運んでいる。本を読むことは、孤独な作業であり、時代を遡ったり、心の住む場所を大きく動かすような楽しみでもある。その楽しみを理解し合える人は、そうそう近くにいるわけではないから、松月は読書好きの人間と深いところで繋がっていく。
「本売る日々」「鬼に喰われた女」「初めての開版」というタイトルで物語は進んでいくが、それぞれに人間の思い惑いや、生きることの難しさや喜びなどが伝わってくる。時に、自分が知らない昔の書名などが出てきて読書のスピードを止められる箇所もあったが、江戸時代じゃない私たちにはグーグル先生がいるので、ちょっと調べれば更にこの物語を更に理解できる仕掛けもあるように感じた。

豊かさとは何だろうなあと、しみじみ思った作品だった。

2024.5.13(M)

星評価 4.0