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2024.04.30 更新

飛ぶ教室

エーリッヒ・ケストナー 著
岩波書店、ポプラ社他 1933

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この作品は1933年にケストナーが出した子供向けの本だ。
『飛ぶ教室』を子供の頃に読んだ人もいるだろうし、ケストナーの作品を読んだことがない人でも他の作品『ふたりのロッテ』『エーミールと探偵たち』を名前だけでも知っている人は多いのではないだろうか。
大人と呼ばれる年齢になってかなり過ぎてみると、児童書を読む機会はなくなるだろうが、今読んだらどう感じるのだろうかと興味が湧き、岩波少年文庫版(2006年池田香代子訳)を購入した。

この作品は、ドイツの高等中学を舞台に、5人の男子生徒たちに巻き起こるクリスマス時期の物語だ。家庭環境による悲しさや貧困、子供の夢や正義感、挫折や友情など、時代や国が違っていても心に響くような物語がユーモラスな文体と共に進んでいく。
子供の時間に生きていると、悩みも辛さも楽しさもそのまま長く続くような錯覚が起こるのだが、大人になってわかるのはその錯覚も子供時代の特権である。大人は子供の心を歪ませたり損ねさせないように大事に見守らなきゃいけないなと、飛ぶ教室で登場する教師の心とシンクロさせて読んでしまった。自分が小学生の頃には、物語の展開だけに目が行き、子供たちそれぞれの苦悩は遠くに感じていただろうなと、子供の頃の自分を重ね合わせることも多かった。大人の私には、子供の苦悩も大人の希望も理解できるつもりだから、ケストナーのふところ深い優しさに安心して物語に身を委ねることができた。

1933年頃はナチス支配下で、自由に小説を執筆できる時代ではなかったらしい。そんな時期に児童書として出版された本作には、友人、家族を大切にすること、生きる誇りや正義、人への尊敬などとても大切に思えるものが詰まっている。ケストナーはあの時代に、こんな物語を書いていたのかとあらためて知ると、時空を飛び越した読書の喜びを感じる。もちろん翻訳者さんやそれを出版してくれる会社があるからだけど。
ヴァルター・トリアーのイラストが、とても素敵でこれも本の魅力を押し上げている。

今更ながら、ケストナーって素晴らしい作品を数多く残しているなあ。

2024.4.23(M)

星評価 4.5