歴史人口学という学問の領域があるのを、この本で知った。日本に歴史人口学を導入したと言える著者の速水融(はやみあきら)氏は、2019年に90歳で他界されており、専門家にとってこの学問はすでに一般的なものなのかもしれない。しかし多くの一般人にとっては「それ、何?」というものだろう。
歴史人口学を簡単に言えば、人口の動きを俯瞰的に観察すると経済や社会の動きを分析できるとでも説明したら良いのだろうか。人口は、生まれて死ぬまでだけの数字ではなく、人がどこに住まいを移すかやそれが男か女か、年齢層の比率などまでわかっていくと、歴史と連動させある種の物語まで読み取れるようなデータでもあるのだ。
この本が興味深いことのひとつには、速水氏が昭和38(1963)年2月に海外留学、それもポルトガルを選び、そこではどうも研究が思わしく進まず、ベルギーのゲント大学に移ってから、速水氏のその後を決定づけるような「歴史人口学」と出会う経緯が記されていることだ。当時は1ドルが360円の固定レートで、海外旅行など夢の夢、まして留学といったらかなり限られた人々しか行けなかった時代のことである。その当時の若手研究者としての混沌とした不安な感じや、海外での苦労をサラッと記述することで、読者側の私は「あ〜、かなり苦労しただろうなあ」と勝手に想像し、かつ「歴史人口学」に出会った速水氏の静かな興奮を「やった!」とこれも勝手に喜んでしまった。速水氏は昭和39年10月、東京オリンピックの直前に帰国する。1年半ちょっとの留学が、彼の研究指針の導きになったという事になるのだろう。
その後、日本で各地の「宗門改帳」を調査し、地道な研究を進めていく。この「宗門改帳」というものは、今でいう戸籍みたいなものなのだが、幕府がキリスト教を禁止したことで信仰の確認を含めて作られた制度のようだ。まさかキリスト教がここで登場するとは思ってもいなかったが、日本での歴史人口学の研究における第一のステップになったものである。
「宗門改帳」は各地にしっかり残っていたわけではなく、時代によっても残っている期間や散失したりと、収集には大変な苦労があっただろう。そして集めた後は、まだコンピュータが使われていない時代での調査と分析である。想像しただけで気の遠くなるような労力が必要だったに違いない。
苦労とは別に、調査の積み上げで色々なことが広くわかっていく過程を思うと、小さなピースを積み重ねないと見えてこない研究がこんなところにもあったのだと、ある種の羨ましさとでもいうか、憧れるような感情が生まれた。
江戸時代以降、当時の大きな記録ではわからなかったことが、長い時間を経て、見えてくる歴史の魅力を伝える著作である。小説好きや歴史好きな人にもお薦めしたい。
2024.11.30 (M)