身重の妻を事件で亡くした作家のポールは、何年も小説を書けないでいる。頻繁に通う煙草屋のオーギーとは親しい間柄のようだ。ぼんやり歩いていて車に轢かれそうになったポールを助けた若い黒人のラシードとの出逢い。命の恩人で泊まるところがなさそうなラシードを2泊の約束で家に招き入れ、2日が過ぎて出て行ってもらうが、縁はそこで切れたわけではなかった。伯母が現れてラシードとは偽名で、彼は色々とトラブルを抱えていることがわかる。そして突然現れたオーギーの元妻の貧困と苦悩がオーギーを迷わせる。
ポールの家に戻ってきたラシードが、ポールの本棚に隠していた、強盗から盗んだ金6,000ドル。どう考えてもトラブルが起きそうな話だ。ここはニューヨークの一角、ブルックリンが舞台だ。危ない輩だってエリアによっては住んでいるのだ。
物語は出演者の名前が付いた、いくつかの章に分かれて進んでいく。そのそれぞれの人物が心に重いものを持ちながら生きている。時間が経つことに伴いラシードとの関係やオーギーとの付き合いで、周囲に少しずつ心を向けられるようになっていくポール。
オーギーが毎日同じ場所で同時刻に写真を撮り溜めている話や、ラシードと実父との再会など、エピソードの積み重ねで物語のピースが大きく埋まっていく。
ブルックリンという都市部での入り込みすぎない人間関係と、だからこそ築かれる人同士の頃合いの良い距離が、感覚的にしっくりとくる映画だ。実際にはポールもオーギーもお節介とも言えるし、ラシードが現れたせいで2人は不要なトラブルを被ってしまっている。でも、その都度何となくカッコ良く対処していて、大人ってこんな感じで人を助けることもあるのかなと感じてしまう。それはたぶん物語の中だからなのだが、それがごく自然で、今まで色々なことを経験してきたからこその大人の懐みたいなものを感じた。
そして何よりオーギー役のハーヴェイ・カイテルとポール役のウィリアム・ハートがそれぞれ良い味を出している。
原作・脚本を書いた作家ポール・オースターは今年2024年4月に他界した。それもあり10数年ぶりにこの映画を観たくなり今回の話につながるのだが、再度観て新たに気づいたことも多かった。自分の過ごした時間のせいで、以前よりも理解できることも増えたのかもしれない。こんなに良い映画だったかな、とさえ思ったのだ。
この作品は派手な演出はないが、オースターの小説を読んだ時に感じるような人の優しさや悲しみ、切なさに溢れていた。クリスマスの話もとっても素敵である。
2024.8.3(M)