だいたい吉祥寺に住まう

ゆるく楽しく、
都市住まいをする大人のために

2024.10.22 更新

CLOUD クラウド(2024)

転売屋という言葉は知っているが、どんな風に物を仕入れて販売しているのかをしっかり考えたことがなかったので、映画を観ながら確かにこんな風にやっていそうだなと妙な現実味を感じながら物語は始まる。あまり感情の起伏もなく、一方で仕事をそつなくこなしているように見える主人公、吉井。そして3年間付き合っている彼女、秋子はどこか掴みどころがなく何か不満足の固まりを抱えているように見える。そんな吉井はある転売が上手くいき数百万を手にし、それに自信を持ったのか、クリーニング工場の仕事を辞める。転売屋の仕事に集中する目的のようだ。
秋子と二人で街から離れ郊外の一戸建てに住み、転売屋専任として新しい人生を選んだはずの吉井の歯車が、そこから少しずつ変わっていく。
転売屋自体が褒められる仕事でないのは承知だが、吉井は彼なりに淡々と真剣に仕事に取り組んでいる。彼がどんなことを望んでいるのか、未来をどうしたいかなどは全く見えてこない。でもきっと「金を稼ぐこと」が彼の正義であり、そのためには言葉たくみに仕入れ先の相手を説得することもある。一方で吉井から買った商品への不満の書き込みや今までの人間関係などがネット上で絡まり、転売をしている時のハンドルネームから吉井本人を見つけ出され、吉井は突如として攻撃のターゲットとなる。それぞれ立場の異なる人間が集団となって吉井を襲うことにしたのだった。

多くの映画は、観る側が登場人物の誰かに共感を持ったり、その中の誰かを理解したくなる感情が芽生えることが多いが、この作品には共感も登場人物への好意も生まれてこない。奇妙なゆるい緊張感、それもある種の不快な感情を持ちながら観る側である私の前半は過ぎていく。そして1回目のスイッチが切り替わるのは、菅田将暉演じる吉井が攻撃される時からだ。吉井はそれまで、物はあくまで金としてしか見てなく、商品が粗悪かとか購入した人が満足するかなどの感情を無視しサイトの画面と記帳した通帳にリアリティを感じていた。それが、突如として、生身の狙撃者が自分の前に現れる。殺意に晒されながら吉井は落葉した木立の中をとにかく走る。サイトの画面で感じていたリアリティではなく、殺されるかもしれないという身体中で感じる恐怖や走りまくったことによる心拍数の高さなどで生きていることを感じただろう。それでも、吉井はまだどこか淡々として冷静な部分を持ち合わせていた。

ここまでは、なんとなく想定できそうな展開だったのだが、物語の2回目のスイッチが切り替わる。吉井を追いかけて襲ってきた集団は、拉致した吉井をいたぶって殺害しそれをネットで配信するというのだ。また恐怖の質と物語の展開が変わっていく。
このあたりからは、伊坂幸太郎の殺し屋が出てくる小説でも読んでいるような気分になっていく。登場人物の非情さやいい加減さ、そんな風には普通は進まないよねと思いながらも展開していくブラックな感じが、伊坂さんっぽいのだ。

そして、言うまでもなく良い俳優がたっぷり登場している。菅田将暉はもちろんだが、荒川良々が前半に出てきた時から不穏な気配を漂わせていたがやっぱり怖い人だった。また、古川琴音演ずる秋子は愛がなさそうで心底嫌な女だった。でも吉井があんな奴だから釣り合っているのだろうな。加えて、松重豊をあんなチラッとだけで起用するのかと思ったが、あそこで彼が出てくるある種の迫力がその後の展開を支えていることは確かだ。吉井がバイトで雇った青年、佐野役の奥平大兼が一番怖い人なんだろうけど。
伏線かと思われることが十分回収されないままエンディングを迎えたのも、悪くなかった。結局、誰のことも好きにはなれなかった映画である。

2024.10.19(M)

星評価 3.5