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2024.11.19 更新

土鍋マジック[2]

 子どものころ、おでんのよさがわからなかったというひとは、わりといるのではないか。少なくとも私はそうで、おでんが夕飯に出るたび、「これは断じて、ご飯のおかずになる食べ物ではない!」と判定していた。明確に抗議しようものなら、「好き嫌いせず食べなさい!」と母の圧政がはじまるにちがいないので、もちろん黙っておでんをご飯のお供にし、しかし内心で、「なにかがちがう⋯⋯。おでんにもっと合うものが、この世のどこかに絶対に存在している予感がする⋯⋯」と強く思っていた。

 いまならわかる。おでんに合うもの、私が出会いを予感していたものとは、酒だったのだ、と。

 そういうわけで、大人になって以降、私は積極果敢におでんを作って食べるようになった(酒のあてとして)。私の母は下戸なので、あいかわらずおでんをご飯のおかずにしているらしい。おでんにとっての一番の相棒を知らずに生きてるなんて、うぷぷ、かわいそう~(全下戸のひとを敵にまわす発言)。

 土鍋をいただいてからは、おでんづくりにもますます熱が入り、最初のうちはさつま揚げやらハンペンやらコンニャクやらをぶちこんでいたのだが、だんだん、「いや、これだとツユが濁る気がする」と、こだわりのラーメン屋さんみたいなことを思いはじめた。料理が苦手なくせに、えらそうだぞ自分。

 まあ、作るのも食べるのも私一人なので、こだわったところで⋯⋯という話なのだが、とにかくコンニャクや練り物系をどんどん減らしていき、現在は、「具は手羽先と大根とゆで卵」というところに落ち着いた。練り物が入っていないのに、おでんと称していいのだろうか。これは単なる「手羽先と大根とゆで卵の煮物」ではなかろうか、という気もするのだが、鶏の出汁でツユがこっくりとしたものになる。このツユを熱燗にちょいと入れて飲んでみた日にゃあ、あなた(だれだ)。仕事なんて手につきませんて。こりゃ控えめに言って天国の飲み物ってやつですよ。

 さらに友だちから、「おでんにオイスターソースを入れるとおいしくなる」と教えてもらい、「うそーん」と思いつつやってみたら、本当においしかった。完璧だ。完璧なおでんというか「手羽先と大根とゆで卵の煮物」を作れるようになってしまった。自分の才能がこわい。

 え、レシピですか? 具材を適当にぶちこみ、水をドバーッ、白出汁をチョローッ、オイスターソースをチョビッ、味見して必要なら塩をちょっとで、あとは「土鍋マジック」がなんとかしてくれます。いいかげん! こんなのレシピと言えないし、才能があるのも私じゃなく土鍋だった。

 ありがとう、土鍋! 使いはじめの目止めだけは、ちょっと面倒ですが、ズボラ派かつ料理苦手派にも最適な調理器具なので、ご興味がおありのかたは、土鍋の購入を検討してみてもいいかもしれない。絶対に開発されているだろうと思って調べてみたところ、やはり目止め不要の土鍋ってのも売っているようだ。

 土鍋業界のまわしものではないのに、なぜこんなに熱く土鍋をおすすめしたり調べたりしているのか、と、いまふと我に返った。これも土鍋マジック!? どんな対流が土鍋のなかで生じて、私を土鍋伝道者へと変じさせたの!?

 でもまあ仕事が逼迫しているときは、手入れが簡単なステンレスの鍋を使う。ステンレス:土鍋=8:2ぐらいだ。ちっとも伝道者じゃなかった。すまん、土鍋!

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之

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