だいたい吉祥寺に住まう

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2024.09.19 更新

道具の大切さ[2]

 道具のみならず、もてなしの精神も欠如しているわけだが、それはともかく、注文したカトラリーは迅速に拙宅に到着した。わくわくしながら開封し、「ほわわわ~」と感嘆の声を上げる。

 銀色のうつくしい輝き。ラインナップには純銀製のカトラリーもあったが、さすがに贅沢すぎるので、ステンレス製を買った。ステンレスでも十二分にまばゆく、質感も形状もなんともなめらか。しかも、持ったときに手にフィットし、重みもちょうどいい。

 さっそく、パスタやチャーハンを作っては、フォークやスプーンを使ってみる。飯粒をすくいやすいのはもちろんのこと、角張ったところがまったくないからか、口に入れたときに金属の感触が気にならない。適当パスタも、適当チャーハンも、すごくおいしく感じられる。両者とも、皿に移しもせず、フライパンから直食べしているにもかかわらずだ(皿も買いなさい、自分)。

 あと、ナイフ。肉を焼いて食べたんですけど、ナイフってこんなに切れるものなの!? とりあえず形式上、肉を食べるときに添えておく棒なのかなって、四半世紀のあいだに勘違いしてしまってたわ。これがナイフなんだとしたら、私がいままで家で使ってたナイフらしきもの、石器時代のひとが使ってた石刃よりも切れ味の悪い、ただの儀式的飾り道具だったわ。

 百円ショップをディスるわけでも、山崎金属工業からマージンもらってるわけでもないが、ちゃんとしたカトラリーって、使う際に微塵もストレスが発生しないし、本当に料理の味を引き立ててくれるものなんだなと実感した。道具は大事である。

 とはいえもちろん、吾輩は恩を忘れぬ人間だ。いいカトラリーを入手したからといって、百円ショップのナイフやフォークやスプーンを捨てるなどといったことはしない。ずっと活躍してくれた、拙宅の台所の大事なメンバーだからな。その日の気分で、食事の場面でも登場してもらっているし、フライパンの焦げをこそげ落とすときにも活用しています。

 え? それでも合計三組しか、カトラリーがないじゃないか。四人以上の来客があったら、どうするんだって?

 割り箸を使え! パンに染みこませて食え! ちなみに取り分け用の食器としては、紙皿を提供しております。室内でもピクニック気分を味わえるうえに、洗う手間が省けるので、大人数がつどう際には、これが一番合理的であります。

 もてなしの心だけは、どんなサイトを覗いても通販できないのだった。残念。

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之