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2024.07.19 更新

カレー猛者[2]

 会場の熱気、猛者のみなさまの本気度を目の当たりにし、「これは全然、『大丈夫』じゃない」と私は思った。私のような腑抜けが紛れこんでいい場所ではないじゃないか。きっと、「おい、ここにカレーの門外漢がいるぞ! つまみだせ!」と、猛者たちの怒声が飛び交うにちがいない。

 やばい、とぶるぶる震えつつ、トークショーの出番まえに、立食パーティーのお料理をいただく(震えていても飲食はする私だ)。食べながら、猛者たちとおしゃべりしたところ、おや? みなさん、とっても優しい。こちらがカレーに詳しくないと見て取ると、おすすめのお店をさりげなく教えてくださったり、私が行ったことのある数少ないお店を、「あそこはおいしいですよね!」と称賛し、会話を広げてくださったりする。

 そうか、と私は胸打たれた。このひとたちは本当にカレーを愛していて、ただひたすら、おいしく楽しくカレーと向きあい、カレーのよさを多くのひとに伝えていきたいと願っているんだ、と。つまり、非常に志の高い「カレーオタク」なのである。

 私も漫画オタクのはしくれ。ジャンルはちがえど、好きなものと向きあう時間が至福であることや、愛ゆえにテンションが高まり、「ねえねえ、これよかったよ!」と周囲におすすめしたくなる気持ち、とてもよくわかる気がした。カレー猛者と私は、「オタク」という一点で通じあえる部分がある⋯⋯! 勝手に納得&感激し、心でガッキと握手したのだった。

 それにしても、カレー猛者たちのオープンマインドぶりは特筆に値するものがある。オタクのなかにはときとして、閉鎖的になったり、仲間内でマウントを取りあったりといった悪習に染まってしまうひともいると思うのだが、会議に出席する猛者たちからは、そういう傾向はまるで見受けられなかった。どのお店のカレーも決して否定せず、自宅で研究した香辛料についての知見などを、慎み深く情報交換しあっている。

 家でもやっぱりカレー食べてるんだ⋯⋯。私は愉快に思った。家族の賛同を得られているひとも、「たまにはみそ汁飲みたい」と不満を訴えられているひともいて、カレー道を究めるのはなかなか大変そうだ。

 「カレーは多様性があり、懐深く、さまざまなスタンスでの向きあいかたを受け止めてくれる食べ物です。そこがいい! カレーを見習って生きていきたいと思わせてくれます」
と、猛者の一人は、私にカレーの魅力を説明してくれた。カレーを見習う。人生ではじめて聞くフレーズだったが、なるほど、たしかに。カレーの度量を人類が獲得できれば、無闇にだれかを排斥したりすることもなく、もうちょっと息のしやすい世の中になるだろうと、深く得心した。同時に、カレー猛者たちが、ド素人の私にも優しくなごやかに接してくださる理由も、わかったのだった。

 内藤さんの的確なフォローと、猛者たちの広い心のおかげで、私はなんとかトークショー登壇のお役目を果たすことができた。

 会議への出席以降、私も近所のカレー店をちょっとまわってみたり、内藤さんのレシピ本を片手に、いよいよ頻繁にカレーを作ったりするようになった。買い置きの香辛料の種類も増やした。いや、インドから取り寄せてはいない。スーパーで売っている香辛料だ。猛者への道のりはかなり遠いが、自分なりに楽しいカレーライフを送っている。

 カレーと、カレーに対する猛者たちの熱い愛が、狭かった私の世界に新しい風を吹きこんでくれたのだ。

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之