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三浦しをん「なにごとも腹八分目」

2024.11.19 更新

 昨年、知人から土鍋をいただいた。

「蓋がガタガタするとかで、格安で入手できた」とのことだったが、「言われてみれば、ちょっとガタつくかな?」という程度の、きれいで立派な土鍋である。ありがたい。

 最初に目止めをすると、土鍋の水漏れやひび割れ、におい移りを防げるそうなので、水でささっと洗って乾燥させたのち、さっそく濃いめのお粥を炊く。使ったのは、拙宅にあった古々々々米ぐらいに古い米だ。つい新米に目移りした結果、袋にちょっとだけ残っていた米がそのままになり、しかし捨てるのもなあと思って、納戸に入れておいた。食べるのはやや勇気がいるので、この機に利用しよう。

 古すぎる米ゆえ、目止めにふさわしい粘りが出るのか心配だったのだが、土鍋内でとろ~っとしたお粥が順調にできあがった。ありがとう、お米! 若干、お粥が黄色っぽい気がするのは、私が長い期間、納戸に放置してしまったせいだろう。すまん、お米!

 お粥を入れたまま、土鍋を一晩置いておく。ここまで厳重に行ったからには、土鍋の目止めはできたはずだ。だが、お粥を捨てるのはもったいない。かといって、やはり食べる勇気は⋯⋯。

 一考したのち、糊のようになったお粥をおたまですくい、ステンレスの大鍋に移した。糊を水で薄めて、お粥状物体に戻し、今度はステンレスの大鍋に、家じゅうの陶製の酒器や花瓶を投入。つまり、素焼きっぽい部位があって、少々水漏れするかもと思われる容器を、この際すべて目止めする作戦に出たのだ。

 大鍋内で、お粥ごとゴロンゴロン煮られる酒器や花瓶。ようし、お粥の再利用もできた。ありがとう、お米!

 目止めが完了し、水洗いした土鍋やら酒器やら花瓶やらが、拙宅のベランダにずらりと並ぶ。拙宅には皿は少ないが(前回参照)、酒器はけっこうあるので、大鍋での目止めは二回に分けて行わねばならなかった。一仕事終え、爽快な気分だ。じっくり陰干し。

 こうして拙宅の器は軒並み、水も漏らさぬ完璧な状態となった。

 以降、安心して酒を飲むのはもちろんのこと、土鍋を活用し、炊き込みご飯を作ったり、友だちと鍋をやったり、豚の角煮を作ったりしている。角煮はさすがに、においや脂が染みこんでしまうかなと思ったのだが、目止めが効いたのか、案外大丈夫だ。

 土鍋に適当に材料をぶちこめば、どんな料理でも、だいたいおいしく仕上がるから助かる。私は「土鍋マジック」と呼んでいる。不思議だなあ。土鍋だと、火の通りとかがちょうどいいのだろうか。

 近ごろはまっているのは、おでんだ。

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著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之