だいたい吉祥寺に住まう

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2025.02.03 更新

大観音の傾き

大観音の傾き 山野辺太郎著

山野辺太郎 著

中央公論新社 2024

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味わい深い、不思議な小説である。
市役所勤務の新人・高村は、出張所近くの大観音の担当になる。白くて巨大な大観音が傾いているという住民からの指摘を、市として無視するわけにもいかず、かといって傾いているかの根拠もない。設計図が見当たらないのだ。大観音は公共のものではなく、バブル時代に作られたもの。
高村は大学を卒業し、そのままその街で仕事に就いた。人との距離感をどうしたものかうまく保てないのか、今まで恋愛もせず彼女もいない。しかし、そんな彼に気になる女性が現れる、それも大観音がきっかけとも言える相手だ。そして大観音の設計図を持っているかもしれない高齢の男性とも交流が始まる。彼は開発が途中で放置され寂れたニュータウンに住んでいる。高村は、社会人となり大観音の担当者になったことで、出会う人や出会う場所が広がり少しずつ心持ちも変わっていくようだ。

時折、ずっと立ちっぱなしの大観音のつぶやきが入る。それは、はじめは何だろうと思ったのだが、読み進めていくとこの大観音が慈愛に満ちていてそのうえ自己肯定感が低く、慰めてあげたくなるような観音様なのだ。
この時々挟まれる「大観音のつぶやき』は、あまりにも素直にこちらの心に響いてきて、大震災の津波の話には涙がこぼれた。いつか、実在する仙台の大観音に会いに行きたい。そんな気持ちにさせる優しさに溢れる作品だった。

2025.2.1(M)

星評価 4.0
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