だいたい吉祥寺に住まう

ゆるく楽しく、
都市住まいをする大人のために

2025.01.20 更新

練り物の輝き[2]

 話がそれた。おでんへの参加は許していないが、私は練り物を憎んでいるわけではない。先述のとおり、さつま揚げ的なものはもちろん、カマボコもよく食べる。かれらは冷凍しておけばかなり保つので、おいしいうえに便利でもある。忙しくてスーパーへ行けず、買い置きの食材が尽きて、「もはやこれまでか」と空腹にあえぐ深夜二時。冷凍庫でカチンコチンになったカマボコを発見すると、「おお、救世主よ⋯⋯!」と思わず随喜の涙をこぼしてしまう。レンジで軽くチンすれば、もとのおいしい姿を取り戻してくれるので、大変ありがたい。自然解凍するのがベストだが、悠長に待っていたら朝になってしまうからな。まあ、カマボコは魚のすり身でヘルシーといえど、吾輩の体重のことを思うと、深夜二時に食するのはいかがなものか、という説もあるけどな。

 子どものころ、私は練り物のよさがわからなかった。「なんか味がなくて、消しゴムみたいな食感だなあ」と思っていた。いや、消しゴムをちゃんと食べたことはなかったが、試しにかじったことぐらいはあったのだ。小学生はだいたい、暇と好奇心に突き動かされて、消しゴムをかじるものなのである(たぶん)。豆腐のことも、「なんか味がなくて、食べ物というには歯ごたえがないなあ」と思っていた。

 しかし、いまは練り物も豆腐も大好きだ。好きになったきっかけは、飲酒だ。練り物も豆腐も、ご飯のおかずとしては若干淡泊だが、酒のアテにするととたんに光り輝く。

 つまり、おでんを好きになったきっかけと同じだ。どうやら私は、「酒」というフィルターを通して、あらゆる食べ物を「合う、合わない」と判別しているらしく、イスラム圏に生まれていたら、どうなっていたんだろう。「この料理にふさわしい飲み物は、お茶やジュースのほかに、もっとなにかあるような⋯⋯。なんとなく、S・A・K・Eっぽい名称の液体のような⋯⋯」と、悶々とした気持ちを抱えることになったのだろうか。

 まあ、酒がないならないで、甘いデーツの実やお菓子をぱくぱく食べて、充分に生活を満喫できる気もする。食に関する微細な好みやルールは、たしかに自分のなかに存在するのだが、それを上まわる勢いで、「食べ物や飲み物があるだけで僥倖だ。細かいケチをつけちゃあならん」という思いが強いからだ。

 なんで飲食物に関してだけ、戦中派のおじいちゃんの魂が乗り移ったみたいな態度を示してしまうのか、我ながら謎である。魂が戦中派なのではなく、ただ単に食い意地が張っているだけ、という可能性が高い。

記事一覧

著者:三浦しをん(みうら・しをん)氏

1976年、東京生まれ。
2000年『格闘する者に○(まる)』でデビュー。
2006年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、2012年『舟を編む』で本屋大賞、2015年『あの家に暮らす四人の女』で織田作之助賞、2018年『ののはな通信』で島清恋愛文学賞、2019年に河合隼雄物語賞、2019年『愛なき世界』で日本植物学会賞特別賞を受賞。
そのほかの小説に『風が強く吹いている』『光』『神去なあなあ日常』『きみはポラリス』『墨のゆらめき』など、エッセイ集に『乙女なげやり』『のっけから失礼します』『好きになってしまいました。』など、多数の著書がある。

撮影 松蔭浩之

地中海世界の歴史5